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役員寄稿
 「モリブデンタングステン合金のゲート配線にまつわる話」 (第131会報)
東芝マテリアル株式会社
取締役 技師長 斉藤 秀一

 以前、この寄稿で液晶パネルのAl 信号配線用バリアメタル材料のMo 薄膜について書かせて頂きました。トランジスタや電極の並んだアレイ基板の製造プロセス中での耐熱性や、Al 配線パターンのエッチング特性との相性からMo が採用されましたが、表面の酸化物(MoO2)の影響で、製造ラインの立上げに難儀した経緯をご紹介いたしました。今回は、ゲート配線としてのモリブデンタングステン(MoW)合金にまつわる内容となります。MoW はトランジスタ形成プロセスでの耐熱性、耐薬品性のほか、プラズマエッチングでの加工形状の制御性にも優れた低抵抗なゲート配線材料として使われておりました。

 もう12-3 年前の話になります。会社で使っていたPC の画面右側半分が、突然青色のみで表示される故障に見舞われました。当時の同僚の中の一人に、液晶ディスプレイの品質部門からの転入者がおり、自分も以前、液晶ディスプレイの製造工場の立上げに関わったこと、中でも薄膜トランジスタ側のアレイ基板の工程に携わったことなどを話しておりました。今回のこの故障、品質部門の経験者ならどこが壊れたのか分かるかと思い、「○○さん、PC のディスプレイが故障したんですけど、どこが悪いか分かりますか?」と尋ねました。「斉藤さん、これはアレイ基板でのコンタクト部の断線起因ですね。パネルを交換するしか手がありませんよ。このモードの故障、○○工場での初期の製品で、たまにみられましたよ。…このPC には、ちょうどその○○工場のパネルが搭載されてますね」、とのコメントを頂きました。

 「○○工場のアレイ基板でのコンタクトの断線」と聞いて、さらにさかのぼること7-8 年、液晶パネルの新工場立上げに参加し、プラズマエッチング工程を担当していました。この頃は、新設のラインでは、ガラス基板が毎回大面積化されていた時代で、設備も新しい設計のものとなります。事前に新設備でのプロセス性能の確認は実施しておりましたが、いざトランジスタの並ぶアレイ基板の製造を開始すると、予想できない課題も発生しました。この工場でもいくつかのプロセス上の課題はありましたが、その中の一つに、MoW ゲート配線上に、コンタクトホールを介してAl の信号線を接続する部分で断線が生じる問題がありました。具体的には、MoW 上のSiO2 絶縁膜にウェットエッチングで穴を形成し、そののちAl 配線を成膜、パターニングしますが、不良個所ではSiO2 のウェットエッチング後に、MoW とSiO2 の界面に横方向に大きな空隙が形成されていました。このため、Al 配線がこの空隙により連続膜とならず、断線状態となっていました。前の世代の工場ではこのような問題は認められず、その原因を探るべくMoW とSiO2 の界面を重点的に解析しました。

 以前、この寄稿で触れたよう、Mo の酸化物はMoO3、MoO2 と様々な状態を形成することや、酸化状態により薬液への溶解性も異なることから、Mo の酸化状態が影響しているのではないかと考え、MoW 膜の表面分析を行いました。しかし、酸化膜成膜の直前の洗浄工程後では、Mo、及びW の酸化膜はきれいに除去されていること、不良の多い基板中央部と、そのほかの位置では差がないことが確認されました。並行して、洗浄工程後のMoW 表面の状態を電子顕微鏡で確認したところ、基板中央部と周辺部では、モフォロジーに差があることが確認できました。基板中央部ではMoW 膜の表面粗さが大きく、また、XRD では周辺部に比べ結晶性も低いことが確認されました。どうやら成膜プロセスでのMoW 膜の構造が、基板中央部と周辺部で不均一であることが分りました。

 この時点で、成膜工程の改善を進めれば良いのですが、膜質の均一性改善となると、成膜装置にも手を加える必要があり、対策に長い時間がかかることが懸念されました。そこでMoW の表面粗さを小さくする方法として、MoW のプラズマエッチング工程での改善を試みました。具体的には、MoW 表面をF イオンを用いて、凸部をより選択的にエッチングすることで、表面の凹凸を小さくし滑らかな表面形態にするステップを追加しました。その結果、コンタクト部での断線不良は解決されました。

 この時の対応が不十分だったのかは分かりませんが、自分らが不良対策を実施した箇所に起因する故障が、自分が使用しているPC で再現したことに驚きました。やはり、表面のモフォロジーの合せ込みだけの対策ではなく、MoW の結晶性など本質的な膜質の均一化も実施しておけばと思いました。その後、この工場の立上げ業務からは外れましたが、後日、膜質対策も生産性向上施策と抱合せで進められました。
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